新作映画「四月の雪」が公開されるとかで、最近またヨン様の近辺がにわかに騒がしくなってきた。近々日本にもプロモーションに来るという話なので、前回同様、空港で騒ぐおばさまたちの姿がブラウン管をにぎわすことになるのだろうか。
そんな相変わらずのヨン様人気なのだが、日本人でこれに代わる人物はいないものかと知恵をめぐらせてみたところ、同じような傾向をもつ人物を発見した。体操の弘道おにいさんこと、佐藤弘道である。
佐藤弘道は、12年間にわたってNHKの子供番組「おかあさんといっしょ」の体操のお兄さんを務め、子供をもつ女性たちから圧倒的な支持を得ていた人物。今年の5月に同番組を卒業してからは、フジテレビ系列の「海筋肉王 バイキング」の司会や、マッスルミュージカルへの出演、最近ではアート引越しセンターやアリコのCMなどにも起用され、お茶の間への露出も増えてきた。
(個人的には、正直ここまで「体操のおにいさん」的な需要があるとは思っても見なかった。「ビューティフルサンデー」の田中星児がぼちぼち任期満了ということもあるのだろうか。ただ僕にとって体操のおにいさんといったらドリフの仲本工事なのだが)
さて、ヨン様と弘道おにいさんの共通点は、どちらも30代以上の女性にファンが多く、どんなときでも笑顔を絶やさず、決して下ネタなど言いそうもない清潔感だ。往年のアイドルを彷佛とさせる、汚れなきイメージ。ただ一方で、二人ともその固定したイメージが足かせになっているような気もする。ヨン様は相変わらず「冬ソナ」のイメージが強いし、弘道おにいさんも基本的には子供好きな良いおにいさんである。
ある決まったイメージがついてしまうと、そこから脱却するのは結構難しい。鈴木保奈美が「東京ラブストーリー」の赤名リカのイメージを払拭するのに苦労したように。西村晃が「水戸黄門」の正義のイメージに苦しめられたように。安達祐実やえなりかずきはあいかわらず子役顔だし、少年隊のヒガシもずっと同じような髪型だ。
今後、二人はどのようにして縛られたイメージから脱却していくのだろうか。あまりに激しすぎるシフトチェンジではファンを失いかねないし…。でも芸の幅は広げていきたいだろうし…。
とりあえず、ヨン様は今回の映画で不倫をしているそうだ。ちょっとずつワルなイメージも加えていこうという魂胆か。弘道おにいさんは、そうだなあ、体操にヒップホップとかB系の要素を加えたらどうだろう。
つーか、いつものことながら、ホント余計なお世話である。
<追伸>
ヨン様が七三分けに挑戦し、ファンからブーイングを浴びたとか。
脱「冬ソナ」の道は想像以上に険しそうだ。
2005年08月25日
2005年08月22日
水戸黄門の仲間入り
先週末に31歳になった。誕生日は、たまたま友人の弟が田舎から上京してくるというので、近所の先輩と4人で食事&カラオケに行った。その弟とは4年前に会って以来で、当時はまだ高校3年生だった彼も、今年で大学を卒業し、医療関係に就職するのだそう。外見も大人っぽくなり、4年という歳月をしっかり感じさせる成長っぷりだった。
さて一方の僕は、この4年間でさしたる変化もなく、あいかわらずの毎日を送っている。人間、歳をとるごとに変化の度合いは緩慢になっていくから、結婚するとか子供が産まれるとか、第三者との関係に大きな変化でも生じない限り、自分自身の変化には気づきにくい。確かに20代の頃と比べると、徹夜がつらくなってきたりとか、坂道で自転車のペダルが重く感じたりとか、あるいは前は嫌いだった苦いものやくせのあるものなんかが好きになったりとか、そういう小さな変化は多々あるのだが、劇的な変化というのにはいまいち遭遇しない。
ただ、先日、夕方ぼんやりと観ていた「水戸黄門」の再放送で、ラストに黄門様が印篭を出すシーンに、かつてないカタルシスを覚えている自分がいた。別に越後屋に搾取されているわけでも、肉親を悪代官に殺されたわけでもないのに、なんだろう、この胸のすく感じは…。目の前にひれふす悪人共、くはー、何とも気持ちいいではないか!
それこそ子供の頃は、毎度毎度決まりきったパターンに終始する定型の時代劇など何がおもしろいのかと、父の背中を見ながら思っていたものだった。ましてや、印篭一つで相手が無条件降伏してしまうなんて。そんな生まれもった身分なんぞで相手をねじ伏せるより、自分の力でどうにかしろよなんて思っていたように思う。
でも、大人になるにつれ、周りにはどんどん自分の思う通りにならない事が増えていく。印篭を抜いて一件落着、そんな状況なんて、実社会にはほとんどないのだ。だからこそ、「みんなが一斉に自分の言いなりになる」、そんな一刀両断な結末に快感を覚えるのだろう。そう考えると、水戸黄門は大人にしかわからないファンタジーなんだな。そして、何だかんだ言って、俺もそんな水戸黄門ワールドを堪能できるおっさんになりつつあるということだ。ま、しゃあないか。
余談だが、再放送の「水戸黄門」にもすでにうっかり八兵衛(高橋元太郎)は出ていた。調べたところ1970年から2000年まで、延べ30年に渡り、高橋元太郎はうっかり八兵衛、つまりは「成長しないうっかり者」を演じてきたということか。役者として成長しながら成長しない役を演じ続ける、それはそれで何ともアンビバレントだ。その間の葛藤を思うと、それはそれで感慨深いなあ。
さて一方の僕は、この4年間でさしたる変化もなく、あいかわらずの毎日を送っている。人間、歳をとるごとに変化の度合いは緩慢になっていくから、結婚するとか子供が産まれるとか、第三者との関係に大きな変化でも生じない限り、自分自身の変化には気づきにくい。確かに20代の頃と比べると、徹夜がつらくなってきたりとか、坂道で自転車のペダルが重く感じたりとか、あるいは前は嫌いだった苦いものやくせのあるものなんかが好きになったりとか、そういう小さな変化は多々あるのだが、劇的な変化というのにはいまいち遭遇しない。
ただ、先日、夕方ぼんやりと観ていた「水戸黄門」の再放送で、ラストに黄門様が印篭を出すシーンに、かつてないカタルシスを覚えている自分がいた。別に越後屋に搾取されているわけでも、肉親を悪代官に殺されたわけでもないのに、なんだろう、この胸のすく感じは…。目の前にひれふす悪人共、くはー、何とも気持ちいいではないか!
それこそ子供の頃は、毎度毎度決まりきったパターンに終始する定型の時代劇など何がおもしろいのかと、父の背中を見ながら思っていたものだった。ましてや、印篭一つで相手が無条件降伏してしまうなんて。そんな生まれもった身分なんぞで相手をねじ伏せるより、自分の力でどうにかしろよなんて思っていたように思う。
でも、大人になるにつれ、周りにはどんどん自分の思う通りにならない事が増えていく。印篭を抜いて一件落着、そんな状況なんて、実社会にはほとんどないのだ。だからこそ、「みんなが一斉に自分の言いなりになる」、そんな一刀両断な結末に快感を覚えるのだろう。そう考えると、水戸黄門は大人にしかわからないファンタジーなんだな。そして、何だかんだ言って、俺もそんな水戸黄門ワールドを堪能できるおっさんになりつつあるということだ。ま、しゃあないか。
余談だが、再放送の「水戸黄門」にもすでにうっかり八兵衛(高橋元太郎)は出ていた。調べたところ1970年から2000年まで、延べ30年に渡り、高橋元太郎はうっかり八兵衛、つまりは「成長しないうっかり者」を演じてきたということか。役者として成長しながら成長しない役を演じ続ける、それはそれで何ともアンビバレントだ。その間の葛藤を思うと、それはそれで感慨深いなあ。
2005年08月16日
「幸福な食卓」「ベルカ吠えないのか」
本の感想をまとめてアップ。大分前に読んだ作品なので、あらすじは省略し、感想のみで。
「幸福な食卓」瀬尾まいこ ★★★☆☆
瀬尾まいこは、かつて読んだ「図書館の神様」がすごくよかったので、これも期待して読んでみたが、うーん、まあまあかなあという感じ。話自体は、ラストを除きそれほど大きな事件が起こるわけでもなく、主人公の女の子の身の回り(家族や友人)の話が中心なのだが、決して退屈させず楽しんで読ませるあたりは、作者の力量を強く感じる。小さなエピソードの描き方がとてもうまいのだ。ただ、「図書館の神様」で際立っていた登場人物のキャラクター付けが、今回は全体的にやや幼い感じで、ちょっと読んでいてその世界に入っていけず、酔いきれなかった。
そんな中、一人異彩を放っていたのがヨシコだ。今回のこの作品に関してはヨシコの一人勝ちではないだろうか。本来は主人公を引き立てるはずの脇役が、一番おいしいところをもっていってしまったような気がする。
全体的には、可愛くて暖かみのある作品なので、女性向きかなという印象である。
「ベルカ吠えないのか」古川日出男 ★★★☆☆
古川日出男は初めて読む作家。本作は20世紀の紛争の時代を、軍用犬の年代記からひも解こうと試みた、非常に個性的な作品。その壮大な物語と興奮をあおるような独特な文体にハマれば、ものすごくのめり込める作品だと思う。
ただ、僕はその語り口、「イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?」といったやや大仰な言い回しに入りきれなかったので、興奮はそれほどでもなかった。また、戦争の歴史の部分がやや解説的すぎてドラマ性に欠けたので、軽く読み飛ばしてしまう。ただ、イヌのドラマになると俄然おもしろくなり、ラストで様々なイヌの系譜が一つに収斂していくあたりは圧巻だ。
こちらは歴史やファンタジー、骨太な作品が好きな男性向きだと思うので、腰を据えてガッツリ読みたい人にはオススメである。
「幸福な食卓」瀬尾まいこ ★★★☆☆
瀬尾まいこは、かつて読んだ「図書館の神様」がすごくよかったので、これも期待して読んでみたが、うーん、まあまあかなあという感じ。話自体は、ラストを除きそれほど大きな事件が起こるわけでもなく、主人公の女の子の身の回り(家族や友人)の話が中心なのだが、決して退屈させず楽しんで読ませるあたりは、作者の力量を強く感じる。小さなエピソードの描き方がとてもうまいのだ。ただ、「図書館の神様」で際立っていた登場人物のキャラクター付けが、今回は全体的にやや幼い感じで、ちょっと読んでいてその世界に入っていけず、酔いきれなかった。
そんな中、一人異彩を放っていたのがヨシコだ。今回のこの作品に関してはヨシコの一人勝ちではないだろうか。本来は主人公を引き立てるはずの脇役が、一番おいしいところをもっていってしまったような気がする。
全体的には、可愛くて暖かみのある作品なので、女性向きかなという印象である。
「ベルカ吠えないのか」古川日出男 ★★★☆☆
古川日出男は初めて読む作家。本作は20世紀の紛争の時代を、軍用犬の年代記からひも解こうと試みた、非常に個性的な作品。その壮大な物語と興奮をあおるような独特な文体にハマれば、ものすごくのめり込める作品だと思う。
ただ、僕はその語り口、「イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?」といったやや大仰な言い回しに入りきれなかったので、興奮はそれほどでもなかった。また、戦争の歴史の部分がやや解説的すぎてドラマ性に欠けたので、軽く読み飛ばしてしまう。ただ、イヌのドラマになると俄然おもしろくなり、ラストで様々なイヌの系譜が一つに収斂していくあたりは圧巻だ。
こちらは歴史やファンタジー、骨太な作品が好きな男性向きだと思うので、腰を据えてガッツリ読みたい人にはオススメである。
2005年08月13日
スポーツ中継のセオリー
チャンネルをひねるとスポーツ中継をやっている。プロ野球、高校野球といった決まりもの以外にも、バレーボールのワールドグランプリ(フジ)、世界水泳(テレ朝)、サッカーの東アジア選手権(テレ朝)、世界陸上(TBS)、と立て続けにスポーツのビッグイベントが。ちなみに、9月には世界柔道(フジ)が控えているそうな。
それにしても、こんなにしょっちゅう世界選手権をやってたっけ?と思って調べてみると、なーんだ、だいたいどの競技も2年ごとに世界規模の大会をやっているのね。となると、やたら数多く感じるのは、要はその露出度が増えただけということか。
以前から、NHKでは様々なスポーツの世界大会が地味に放送されていたし、フジテレビのバレーボール、テレビ朝日の高校野球なども中継の歴史は古いと思う。ただ、「世界○○」などと銘打って、ゴールデンタイムに特定のスポーツを独占放送するようになったのは、そう遠い昔のことではない。それがここ数年で、「世界水泳」「世界陸上」など、スポーツ中継はやりようによっては高視聴率を稼げる、ドル箱スターに成長したようだ。
「やりようによっては」と言ったが、それはつまり、いかにそれを一大イベントとして盛り上げていくかということである。番組の司会者に芸能人を据え、レポーターにはかつての名選手を起用し、番組のテーマ曲を流行りのアーティストに歌わせる。出場選手の業績や個性はよりドラマチックに演出する。もはや、スポーツ中継はテレビ局の社運をかけた一大プロジェクトである。
そんな様々な演出の一つに、選手にキャッチコピーをつけるというのがある。プロレス実況出身の古館伊知郎が世界水泳に持ち込んだあたりが始まりだろうか。いずれにせよ、素人には馴染みのない選手をわかりやすく紹介する手段として、けっこう多用されている。言ってみれば、「一億人のクラスメート(伊藤麻衣子)」とか「ちょっとエッチなミルキーっ娘(中森明菜)」のような、新人アイドルを売り出す場合と同じようなものか。まあテレビ業界としては慣れたものだろう。
目下TBSで独占放送されている「世界陸上」でも、各選手にいろんなキャッチコピーがついている。「マッハ末續」とか「サストサムライ(為末)」などはよく耳にするが、他にはどんなのがあるのだろうと思い、TBSの公式ページを尋ねてみた。そこでは、出場選手紹介として、日本人選手(男女)と海外有力選手(男女)のすべてにキャッチコピーがつけられていた。いずれもツッコミどころ満載。いやむしろ突っ込まれることを前提として、すでに一ボケかましている状態だ。これを拾ったらテレビ局の思う壷なのだろうが、今回は負け戦覚悟でそのいくつかを紹介してみたい。
まず、日本人男子のキャッチコピーは、たとえば、「日本最速の先生 」「高地トレーニングの申し子」「追い込み白虎隊」「日本最速!歩く飛脚」など、その選手の本来の職業であるとか、性格、競技における特性などが推測できるものが多い。
一方、女子になると、ややキャラクター付けが難しいのであろうか、「みちのくマルチスプリンター」「越前スタミナムスメ 」「阿波の怪力娘 」など、地名あたりに助けを求めるようになる。それでもまだかろうじてスポーツ臭は残っているが、中には「大阪タケノコムスメ」のように漫才師じみたものもあれば、「短距離界のあゆ」など強引に寄り切ったものもある。
さらに、これが外国人選手になると、もはや言いっぱなし。「ブロンドのぶっとび娘」「童顔のデストロイヤー」「リトアニアのケビンコスナー」などなど。きっと見たまんまなんだろう。なら「シンデレラ・エキスプレス」などは牧瀬里穂にでも似ているのか?「ムッシュ独占禁止」は、かまやつファンか?
そんなキャッチコピーが果たしてどれだけ功を奏しているのかは知らないが、世界陸上、連日熱い戦いが繰り広げられている。あいかわらず織田裕二の鼻息も荒い。ただ、それにしても、ヘルシンキ、雨降りすぎじゃない?
それにしても、こんなにしょっちゅう世界選手権をやってたっけ?と思って調べてみると、なーんだ、だいたいどの競技も2年ごとに世界規模の大会をやっているのね。となると、やたら数多く感じるのは、要はその露出度が増えただけということか。
以前から、NHKでは様々なスポーツの世界大会が地味に放送されていたし、フジテレビのバレーボール、テレビ朝日の高校野球なども中継の歴史は古いと思う。ただ、「世界○○」などと銘打って、ゴールデンタイムに特定のスポーツを独占放送するようになったのは、そう遠い昔のことではない。それがここ数年で、「世界水泳」「世界陸上」など、スポーツ中継はやりようによっては高視聴率を稼げる、ドル箱スターに成長したようだ。
「やりようによっては」と言ったが、それはつまり、いかにそれを一大イベントとして盛り上げていくかということである。番組の司会者に芸能人を据え、レポーターにはかつての名選手を起用し、番組のテーマ曲を流行りのアーティストに歌わせる。出場選手の業績や個性はよりドラマチックに演出する。もはや、スポーツ中継はテレビ局の社運をかけた一大プロジェクトである。
そんな様々な演出の一つに、選手にキャッチコピーをつけるというのがある。プロレス実況出身の古館伊知郎が世界水泳に持ち込んだあたりが始まりだろうか。いずれにせよ、素人には馴染みのない選手をわかりやすく紹介する手段として、けっこう多用されている。言ってみれば、「一億人のクラスメート(伊藤麻衣子)」とか「ちょっとエッチなミルキーっ娘(中森明菜)」のような、新人アイドルを売り出す場合と同じようなものか。まあテレビ業界としては慣れたものだろう。
目下TBSで独占放送されている「世界陸上」でも、各選手にいろんなキャッチコピーがついている。「マッハ末續」とか「サストサムライ(為末)」などはよく耳にするが、他にはどんなのがあるのだろうと思い、TBSの公式ページを尋ねてみた。そこでは、出場選手紹介として、日本人選手(男女)と海外有力選手(男女)のすべてにキャッチコピーがつけられていた。いずれもツッコミどころ満載。いやむしろ突っ込まれることを前提として、すでに一ボケかましている状態だ。これを拾ったらテレビ局の思う壷なのだろうが、今回は負け戦覚悟でそのいくつかを紹介してみたい。
まず、日本人男子のキャッチコピーは、たとえば、「日本最速の先生 」「高地トレーニングの申し子」「追い込み白虎隊」「日本最速!歩く飛脚」など、その選手の本来の職業であるとか、性格、競技における特性などが推測できるものが多い。
一方、女子になると、ややキャラクター付けが難しいのであろうか、「みちのくマルチスプリンター」「越前スタミナムスメ 」「阿波の怪力娘 」など、地名あたりに助けを求めるようになる。それでもまだかろうじてスポーツ臭は残っているが、中には「大阪タケノコムスメ」のように漫才師じみたものもあれば、「短距離界のあゆ」など強引に寄り切ったものもある。
さらに、これが外国人選手になると、もはや言いっぱなし。「ブロンドのぶっとび娘」「童顔のデストロイヤー」「リトアニアのケビンコスナー」などなど。きっと見たまんまなんだろう。なら「シンデレラ・エキスプレス」などは牧瀬里穂にでも似ているのか?「ムッシュ独占禁止」は、かまやつファンか?
そんなキャッチコピーが果たしてどれだけ功を奏しているのかは知らないが、世界陸上、連日熱い戦いが繰り広げられている。あいかわらず織田裕二の鼻息も荒い。ただ、それにしても、ヘルシンキ、雨降りすぎじゃない?
2005年08月12日
「空中ブランコ」 奥田英朗 ★★★★☆
いやー、おもしろかった! ここ最近ではベストである。あまりのおかしさに思わず吹き出したかと思えば、感動して目頭がじんわり熱くなる。エンターテインメントとしてはケチのつけようのない傑作。直木賞受賞作の冠に偽りなしだ。
「空中ブランコ」は、精神科医である伊良部一郎とその患者が繰り広げるオムニバスストーリー。この伊良部、外見は体重100キロを超える肥満体、精神構造は幼児レベルといった、およそ医者とは思えないおかしな人物。もちろん、治療だって破天荒。いやはたしてそれを治療と呼んでいいのだろうか?
また、患者の方も、抱えている病はユニーク極まりない。飛べなくなった空中ブランコ乗りや尖端恐怖症のヤクザ、一塁に送球できなくなったプロ野球選手など…。本当に医者が医者なら患者も患者だ。このように、物語はおかしな患者とおかしな医者のおかしな物語として展開していく。
ところが、読み進めていくうちに、特殊に思えた物語はどれも、ともすれば我々でも陥りかねない、極めて身近な問題なのだと気づかされる。「後輩に追い抜かれるかもしれない不安」「自分の性格と仕事内容との不一致」「やりたい仕事がやれないジレンマ」など、それは誰もが抱えるごく普遍的な苦悩だ。ただ、そういった苦悩は、真正面から真剣に取り上げるととかく説教臭くなりがち。奥田英朗はそれをあえてキテレツな患者を想定することで、何とも小気味いい物語にまとめあげている。
そして何より、主人公たる伊良部が完全な狂言回しに徹しているのがいい。これでもし、伊良部の狂態が本人の故意であるような描写が見られたら、きっと興が醒めるだろう。伊良部が無邪気であるからこそ、患者の悩む姿が鮮明にあぶり出されるのだ。
個別的にいえば、「義父のヅラ」「女流作家」がおもしろかった。「義父のヅラ」は、タイトルから連想される通り、爆笑必至の喜劇小説。一方の「女流作家」は、物づくりに関わる人間なら涙なしでは読めない感動作だ。
ぜひご一読を!
「空中ブランコ」は、精神科医である伊良部一郎とその患者が繰り広げるオムニバスストーリー。この伊良部、外見は体重100キロを超える肥満体、精神構造は幼児レベルといった、およそ医者とは思えないおかしな人物。もちろん、治療だって破天荒。いやはたしてそれを治療と呼んでいいのだろうか?
また、患者の方も、抱えている病はユニーク極まりない。飛べなくなった空中ブランコ乗りや尖端恐怖症のヤクザ、一塁に送球できなくなったプロ野球選手など…。本当に医者が医者なら患者も患者だ。このように、物語はおかしな患者とおかしな医者のおかしな物語として展開していく。
ところが、読み進めていくうちに、特殊に思えた物語はどれも、ともすれば我々でも陥りかねない、極めて身近な問題なのだと気づかされる。「後輩に追い抜かれるかもしれない不安」「自分の性格と仕事内容との不一致」「やりたい仕事がやれないジレンマ」など、それは誰もが抱えるごく普遍的な苦悩だ。ただ、そういった苦悩は、真正面から真剣に取り上げるととかく説教臭くなりがち。奥田英朗はそれをあえてキテレツな患者を想定することで、何とも小気味いい物語にまとめあげている。
そして何より、主人公たる伊良部が完全な狂言回しに徹しているのがいい。これでもし、伊良部の狂態が本人の故意であるような描写が見られたら、きっと興が醒めるだろう。伊良部が無邪気であるからこそ、患者の悩む姿が鮮明にあぶり出されるのだ。
個別的にいえば、「義父のヅラ」「女流作家」がおもしろかった。「義父のヅラ」は、タイトルから連想される通り、爆笑必至の喜劇小説。一方の「女流作家」は、物づくりに関わる人間なら涙なしでは読めない感動作だ。
ぜひご一読を!
2005年08月09日
郵政民営化するって、You say?
今日は真面目な話なので、ちょっとアエラの中吊りっぽく始めてみた。
ご存じの通り、参議院で郵政民営化法案が否決され、これにキレた小泉総理が衆議院に自爆テロ。永田町は大変なことになっている。普段は政治になんて全く興味のない僕も、そのあまりにドラスティックな成りゆきに魅了され、参院での投票中継を生で観てしまった。何だか歴史の証人になったみたいな軽い興奮がある。
「そうだ! この一大事に、はたして郵便局の人たちはどうしてるのだろう」と思い、ちょうど郵貯と簡保の住所変更の手続きをしなければならなかったこともあり、足早に近所の郵便局へ。頭の中では勝手に、「うおー、民営化を阻止したぞ!! バンザーイ!!バンザーイ!!」みたいなお祭り騒ぎを期待していたのだが、そこはいつもの静かな郵便局だった。(まあ、当たり前だけど)
「いや、でもきっと裏で誰かがテレビを観ていて、モールス信号かなんかで職員みんなに知らせてるんじゃないか」とか「カウンターの下では人知れずガッツポーズを決めているのではないか」などと勘ぐるが、どの職員にもこれといった感情の変化は見られない。対応してくれた窓口の女の人も、丁寧かつ自然な対応で、住所変更も滞りなく済んでしまった。
世間的にどうかは知らないが、とりあえず僕の行く郵便局の人はみな、態度も丁寧で応対もしっかりしている。これがかつての国鉄とかだったら、尊大な態度に腹を据えかねて「民営化!民営化!」と叫ぶのだが、郵便局の場合、態度面だけでいうと「民営化するまでもないかなあ」などと思ってしまいかねない。とくにテレビで、僻地の郵便局員がお年寄りの面倒をみている姿なんかを観てしまうと、うっかり情にほだされかかってしまう。
政治に関しては門外漢だが、今回の民営化失敗の敗因は実はこの辺りにあったりするのではないだろうか。世論調査によると、国民が今一番関心を寄せている政治問題は「年金、福祉問題」、次に「景気、雇用問題」なのだという。やはり我々にとっては、より身近なお金の問題の方が重大なのだ。だから、社会保険庁の職務怠慢とか、道路公団の天下り問題なんかは、「うちらの税金を無駄に使うな!」って頭にくるんだけど、郵便局に関しては、「えっ郵便がなんで?」って、あまりピンとこないのである。
しかし、そもそもなんで郵政を民営化しなきゃならないのかっていう一番の問題点は、他でもないこの「金」の話だったはず。何百兆円という額の郵貯・簡保マネーが、財政投融資という形で特殊法人にばらまかれ、その利権に預かろうという役人・政治家どもを跳梁跋扈せしめ、無駄な公共事業を濫発させてきたのだ。そこにあるのは、「うちらの貯金を無駄に使うな!」という全く同じ構図であるはずなのだが、だからといって我々の郵貯・簡保が元本割れするわけではないし、なじみのある郵便局員が悪さをしているわけでもないから、今一つ怒りが芽生えなかったのだ。このような善悪の構造を浸透させられず、国民を怒らせることができなかったのが今回の敗因の一つだといったら、的外れだろうか。
それにしても、あれほど全身全霊をこめてきた民営化法案が風前の灯になった今、小泉総理はどんな気持ちなんだろう。身が裂かれるほど悔しいだろうな。しかし来月にはすぐに総選挙。はてさて最後にどんな手段に打って出るのか。今後の展開が楽しみである。
ご存じの通り、参議院で郵政民営化法案が否決され、これにキレた小泉総理が衆議院に自爆テロ。永田町は大変なことになっている。普段は政治になんて全く興味のない僕も、そのあまりにドラスティックな成りゆきに魅了され、参院での投票中継を生で観てしまった。何だか歴史の証人になったみたいな軽い興奮がある。
「そうだ! この一大事に、はたして郵便局の人たちはどうしてるのだろう」と思い、ちょうど郵貯と簡保の住所変更の手続きをしなければならなかったこともあり、足早に近所の郵便局へ。頭の中では勝手に、「うおー、民営化を阻止したぞ!! バンザーイ!!バンザーイ!!」みたいなお祭り騒ぎを期待していたのだが、そこはいつもの静かな郵便局だった。(まあ、当たり前だけど)
「いや、でもきっと裏で誰かがテレビを観ていて、モールス信号かなんかで職員みんなに知らせてるんじゃないか」とか「カウンターの下では人知れずガッツポーズを決めているのではないか」などと勘ぐるが、どの職員にもこれといった感情の変化は見られない。対応してくれた窓口の女の人も、丁寧かつ自然な対応で、住所変更も滞りなく済んでしまった。
世間的にどうかは知らないが、とりあえず僕の行く郵便局の人はみな、態度も丁寧で応対もしっかりしている。これがかつての国鉄とかだったら、尊大な態度に腹を据えかねて「民営化!民営化!」と叫ぶのだが、郵便局の場合、態度面だけでいうと「民営化するまでもないかなあ」などと思ってしまいかねない。とくにテレビで、僻地の郵便局員がお年寄りの面倒をみている姿なんかを観てしまうと、うっかり情にほだされかかってしまう。
政治に関しては門外漢だが、今回の民営化失敗の敗因は実はこの辺りにあったりするのではないだろうか。世論調査によると、国民が今一番関心を寄せている政治問題は「年金、福祉問題」、次に「景気、雇用問題」なのだという。やはり我々にとっては、より身近なお金の問題の方が重大なのだ。だから、社会保険庁の職務怠慢とか、道路公団の天下り問題なんかは、「うちらの税金を無駄に使うな!」って頭にくるんだけど、郵便局に関しては、「えっ郵便がなんで?」って、あまりピンとこないのである。
しかし、そもそもなんで郵政を民営化しなきゃならないのかっていう一番の問題点は、他でもないこの「金」の話だったはず。何百兆円という額の郵貯・簡保マネーが、財政投融資という形で特殊法人にばらまかれ、その利権に預かろうという役人・政治家どもを跳梁跋扈せしめ、無駄な公共事業を濫発させてきたのだ。そこにあるのは、「うちらの貯金を無駄に使うな!」という全く同じ構図であるはずなのだが、だからといって我々の郵貯・簡保が元本割れするわけではないし、なじみのある郵便局員が悪さをしているわけでもないから、今一つ怒りが芽生えなかったのだ。このような善悪の構造を浸透させられず、国民を怒らせることができなかったのが今回の敗因の一つだといったら、的外れだろうか。
それにしても、あれほど全身全霊をこめてきた民営化法案が風前の灯になった今、小泉総理はどんな気持ちなんだろう。身が裂かれるほど悔しいだろうな。しかし来月にはすぐに総選挙。はてさて最後にどんな手段に打って出るのか。今後の展開が楽しみである。
2005年08月08日
夏休みの計画
先週末に職場を辞め、無期限の夏休みに突入。そこで、この休みを無駄にしないようにと、小学生に倣って夏休みの計画を立てることにした。とりあえず思いつくまま書きなぐってみる。
計画1 週に2冊は本を読む。
計画2 週に1本は映画を見る。
計画3 週に1本はお笑いのDVDを見る。
計画4 週に3回はブログを更新する。
計画5 毎日午前中に起きる。
計画6 1日1食は自炊をする。
計画7 できるだけ光熱費を節約する。
何だか声高に宣言するほどのことではないが、あまり気張っても仕方ないのでこの程度にとどめておこう。ちなみに去年の夏休みの目標は、「ルービックキューブを6面そろえられるようになる」だったが、2日で断念した苦い思い出がある。(いや別に苦くはないか)
あと、小学生の宿題にありがちな植物の観察日記だが、ちょうど先日の送別会の時に、青森出張の帰りだという編集さんにニンニクをもらったので、それを植えて育ててみようと思う。本屋でいろいろ調べたところ、ニンニクの植え付けの時期は9月から10月のやや涼しくなってからだというが、せっかくなのでもうしばらくしたらプランターを買って植えてみようと思う。独立記念に、デザイナーとしてのこれからをニンニクの成長に重ね合わせるのも一興だ。ニンニクと僕、どちらが先に芽を出すか競争である。
来年の春にはお互いに立派な実を収穫できるだろうか。その時分、ただのガーデニング好きのニートになっていないよう、がんばらねば。
計画1 週に2冊は本を読む。
計画2 週に1本は映画を見る。
計画3 週に1本はお笑いのDVDを見る。
計画4 週に3回はブログを更新する。
計画5 毎日午前中に起きる。
計画6 1日1食は自炊をする。
計画7 できるだけ光熱費を節約する。
何だか声高に宣言するほどのことではないが、あまり気張っても仕方ないのでこの程度にとどめておこう。ちなみに去年の夏休みの目標は、「ルービックキューブを6面そろえられるようになる」だったが、2日で断念した苦い思い出がある。(いや別に苦くはないか)
あと、小学生の宿題にありがちな植物の観察日記だが、ちょうど先日の送別会の時に、青森出張の帰りだという編集さんにニンニクをもらったので、それを植えて育ててみようと思う。本屋でいろいろ調べたところ、ニンニクの植え付けの時期は9月から10月のやや涼しくなってからだというが、せっかくなのでもうしばらくしたらプランターを買って植えてみようと思う。独立記念に、デザイナーとしてのこれからをニンニクの成長に重ね合わせるのも一興だ。ニンニクと僕、どちらが先に芽を出すか競争である。
来年の春にはお互いに立派な実を収穫できるだろうか。その時分、ただのガーデニング好きのニートになっていないよう、がんばらねば。
2005年08月07日
さよならは別れの言葉じゃなくて
金曜日に、3年半勤めた職場を辞めた。本当にすばらしい職場で、今まで生きてきた30年の人生の中でも最も充実していた時期だったと思う。
夜、レイアウトの仲間たちが送別会を開いてくれ、編集さん、ライターさん、校正さんなど多くの人が出席してくれた。お店はオープンカフェのような造りで、ローテーブルにソファーといった家庭的な雰囲気の中、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。
送別会はその後カラオケに場所を移し、早朝まで。最後の方になると、みんなが送別用の曲をセレクトしてくれ、歌詞の中の「きみ」とか「あなた」とかを、僕のあだ名に替えて歌ってくれる。たとえば、『ふりむくなアムロ』とか『約束の橋(佐野元春)』『だいすき(岡村靖幸)』など。スピッツの『スターゲイザー』で「明日○○がいなきゃ困る、困る」とか。なんとも照れくさいが、素直にうれしい。必死でアンサーソングを考えるが、「さよならは別れの言葉じゃなくて再び会うまでの遠い約束〜」と思って『セーラー服と機関銃』を入れたのだが、曲の後半「いつの日にか僕のことを思い出すがいい〜」と思いっきり上から目線の歌詞があったりして失敗する。最後はマイクを回しながらみんなで『贈る言葉』の大合唱。
その後、タクシー乗り場で上司のADに最後の挨拶。「今までありがとうございました」と伝えると、不覚にも感極まって目から涙が…。慌ててタクシーに乗り込んだが、車中ではずっとしゃくりあげる始末…。こんなに泣いたのは、クレヨンしんちゃんの『モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を観て以来だろうか。
さて、今日はというと、昼過ぎに何とか起きるもののひどい二日酔い。予定もキャンセルして、一日中ぼーっと過ごした。ただ、夜、観るとはなしに観ていた「世界ふしぎ発見」で、野々村真が20年めにして初めてパーフェクトを達成して男泣きをしているのを目撃し、そのあまりの安っぽさにちょっとしらける。何だか自分の流した涙まで価格破壊をおこし、価値が暴落したような気がしてしまう。いい迷惑だ。
まあ、何はともあれ、最後、すばらしい形で送り出してくれたみんな、どうもありがとう。また機会があったらいっしょに仕事しようね。
夜、レイアウトの仲間たちが送別会を開いてくれ、編集さん、ライターさん、校正さんなど多くの人が出席してくれた。お店はオープンカフェのような造りで、ローテーブルにソファーといった家庭的な雰囲気の中、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。
送別会はその後カラオケに場所を移し、早朝まで。最後の方になると、みんなが送別用の曲をセレクトしてくれ、歌詞の中の「きみ」とか「あなた」とかを、僕のあだ名に替えて歌ってくれる。たとえば、『ふりむくなアムロ』とか『約束の橋(佐野元春)』『だいすき(岡村靖幸)』など。スピッツの『スターゲイザー』で「明日○○がいなきゃ困る、困る」とか。なんとも照れくさいが、素直にうれしい。必死でアンサーソングを考えるが、「さよならは別れの言葉じゃなくて再び会うまでの遠い約束〜」と思って『セーラー服と機関銃』を入れたのだが、曲の後半「いつの日にか僕のことを思い出すがいい〜」と思いっきり上から目線の歌詞があったりして失敗する。最後はマイクを回しながらみんなで『贈る言葉』の大合唱。
その後、タクシー乗り場で上司のADに最後の挨拶。「今までありがとうございました」と伝えると、不覚にも感極まって目から涙が…。慌ててタクシーに乗り込んだが、車中ではずっとしゃくりあげる始末…。こんなに泣いたのは、クレヨンしんちゃんの『モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を観て以来だろうか。
さて、今日はというと、昼過ぎに何とか起きるもののひどい二日酔い。予定もキャンセルして、一日中ぼーっと過ごした。ただ、夜、観るとはなしに観ていた「世界ふしぎ発見」で、野々村真が20年めにして初めてパーフェクトを達成して男泣きをしているのを目撃し、そのあまりの安っぽさにちょっとしらける。何だか自分の流した涙まで価格破壊をおこし、価値が暴落したような気がしてしまう。いい迷惑だ。
まあ、何はともあれ、最後、すばらしい形で送り出してくれたみんな、どうもありがとう。また機会があったらいっしょに仕事しようね。
2005年08月05日
ご利用は計画的に
最近、消費者金融のCMをやたら目にするような気がする。しかも会社が違っても出てくる人物が大概みなおっちょこちょいだから、よけいに数多く感じるのかもしれない。
たしか以前は、「土壇場でお金が必要なあなたを、消費者金融はサポートします!」みたいなノリのものが多かったと思う(娘にチワワをねだられたお父さんとか)。ところが、最近はそれが、計画性のない人物を通して、「ご利用は計画的に」という利用上のモラルを提唱するものに変わってきた。きっと表現上の規制か何かが新たに決められたのだろう。何となくたばこの広告と流れが似ている。
そんなわけで、消費者金融各社は、あの手この手で反面教師たるおっちょこちょいをCMに登場させている。以下に一例をあげると、
・海辺で日焼けをしようと全身にサンオイルを塗るものの、横向きで居眠りしてしまい、身体の半分だけ焼けてしまう。
・海水浴に出かけ、バナナボートを楽しもうとするものの、牽引するモーターボートを忘れてしまう。
・バーベキューで、炭、鉄板、野菜はきちんとそろえるものの、肝心のお肉を忘れてしまう。
いずれも、夏の行楽シーズンを彩るおばかさんたちだ。きっと秋になれば、「運動会のビデオを撮ろうと思ったらバッテリー切れだった」とか、「紅葉を見に行ったのに針葉樹林だった」とか、また一味違ったおばかさんが登場してくるのだろう。
ただ、いずれのおばかさんも、「もう、ほんとお前はおっちょこちょいなんだから…」てな感じで、結局は笑い話になるものたちばかりだ。そこに深刻さはほとんどない。
でも、消費者金融が本来描くべき「計画性のない人物」とは、「軽い気持ちで5万円借りたんだけど、返済が滞っては別の消費者金融に手を出して、結局自己破産しちゃった」ってタイプじゃないだろうか。無論、そんな深刻な状況はCMにできないけどね…。だからまあ、あくまで笑えるレベルのおばかさんを通じて、婉曲的に「計画的な利用、無理のない返済」を訴えているわけだ。計画の必要性はきちんと伝えなきゃならない、でもそれをあまり強調し過ぎると、話が深刻になり過ぎて商売が成り立たないというジレンマ。うーん、作る側は難儀するだろうなあ。
まあ、消費者金融で幸せをつかむ人もいれば、地獄に落ちる人もいるわけで、結局はその人の自己責任ってところに落ち着くんだろうけど。ただ、やっぱり金利の高さとそれに伴う危険性をぼかし過ぎると、やがてはたばこ広告のように、さらなる規制の対象になることは間違いないと思う。たとえば5年後、消費者金融のCMはどんな体裁になっているのだろうか。
たしか以前は、「土壇場でお金が必要なあなたを、消費者金融はサポートします!」みたいなノリのものが多かったと思う(娘にチワワをねだられたお父さんとか)。ところが、最近はそれが、計画性のない人物を通して、「ご利用は計画的に」という利用上のモラルを提唱するものに変わってきた。きっと表現上の規制か何かが新たに決められたのだろう。何となくたばこの広告と流れが似ている。
そんなわけで、消費者金融各社は、あの手この手で反面教師たるおっちょこちょいをCMに登場させている。以下に一例をあげると、
・海辺で日焼けをしようと全身にサンオイルを塗るものの、横向きで居眠りしてしまい、身体の半分だけ焼けてしまう。
・海水浴に出かけ、バナナボートを楽しもうとするものの、牽引するモーターボートを忘れてしまう。
・バーベキューで、炭、鉄板、野菜はきちんとそろえるものの、肝心のお肉を忘れてしまう。
いずれも、夏の行楽シーズンを彩るおばかさんたちだ。きっと秋になれば、「運動会のビデオを撮ろうと思ったらバッテリー切れだった」とか、「紅葉を見に行ったのに針葉樹林だった」とか、また一味違ったおばかさんが登場してくるのだろう。
ただ、いずれのおばかさんも、「もう、ほんとお前はおっちょこちょいなんだから…」てな感じで、結局は笑い話になるものたちばかりだ。そこに深刻さはほとんどない。
でも、消費者金融が本来描くべき「計画性のない人物」とは、「軽い気持ちで5万円借りたんだけど、返済が滞っては別の消費者金融に手を出して、結局自己破産しちゃった」ってタイプじゃないだろうか。無論、そんな深刻な状況はCMにできないけどね…。だからまあ、あくまで笑えるレベルのおばかさんを通じて、婉曲的に「計画的な利用、無理のない返済」を訴えているわけだ。計画の必要性はきちんと伝えなきゃならない、でもそれをあまり強調し過ぎると、話が深刻になり過ぎて商売が成り立たないというジレンマ。うーん、作る側は難儀するだろうなあ。
まあ、消費者金融で幸せをつかむ人もいれば、地獄に落ちる人もいるわけで、結局はその人の自己責任ってところに落ち着くんだろうけど。ただ、やっぱり金利の高さとそれに伴う危険性をぼかし過ぎると、やがてはたばこ広告のように、さらなる規制の対象になることは間違いないと思う。たとえば5年後、消費者金融のCMはどんな体裁になっているのだろうか。
2005年08月03日
「家守綺譚」 梨木香歩 ★★★☆☆
本、読んでないわけではないんだけど、つい感想を書くのがめんどくさくなってしまい、随分と間があいてしまった。なので、しばらくは新しい本には手を出さずに、感想をアップしていこうと思う。とりあえず今回は梨木香歩の「家守綺譚」について。
梨木香歩は「西の魔女が死んだ」という本の印象が強く、子供を主人公にした児童文学作家というイメージが強かったのだが、この本は本年度の本屋大賞で堂々3位に入った、大人向けのファンタジーである。
ファンタジーといっても、魔法使いやらモンスターが出てくるわけではない。舞台は100年くらい前の日本。親友だった高堂の死後、その家屋の家守を任された主人公の征四郎は、日々不思議な現象を体験する。庭に咲くサルスベリに懸想されたり、庭の池に河童が迷い込んだり、死んだはずの高堂が掛け軸から出てきたり。ただ、征四郎はそんな現象をさして驚く風もなくサラリと受け止める。もちろん、もののけに振り回され、人並みに迷惑したりはするのだが、結局は「まあそれもよかろう」とその現象を楽しんでしまう。その心ばえが読んでいて清々しい。
また、話中で語られる怪奇譚が、いかにもありそうな出来事のように感じられるのが楽しい。化かされた狸にお詫びとして松茸をしもらったり、桜の花が散り際に女性の姿をして暇乞いに来たり、もしかしたら、昔はそんなことが当たり前だったのかなあ。昔の人には今の僕らには見えないものが見え、愉快な毎日を送っていたのかもしれない。この本は人間と自然がまだ未分化だった時代に読み手をタイムスリップさせてくれる。
科学技術の進歩により、世の中の不思議がどんどん解明されていく現代。そんな現代にあって、この小説の世界がなんとも居心地よく感じられるのはなぜだろう。すべてを科学的に解明することが、必ずしも豊かになることではないのかも。なあんてね。
構成的には、短いお話の集まりなので、読みごたえという面では物足りなさも残るが、好きな時に自分のペースでのんびり読むには最適な本だろう。個人的にはタローが初めて出てくる「都わすれ」が一番好きである。
梨木香歩は「西の魔女が死んだ」という本の印象が強く、子供を主人公にした児童文学作家というイメージが強かったのだが、この本は本年度の本屋大賞で堂々3位に入った、大人向けのファンタジーである。
ファンタジーといっても、魔法使いやらモンスターが出てくるわけではない。舞台は100年くらい前の日本。親友だった高堂の死後、その家屋の家守を任された主人公の征四郎は、日々不思議な現象を体験する。庭に咲くサルスベリに懸想されたり、庭の池に河童が迷い込んだり、死んだはずの高堂が掛け軸から出てきたり。ただ、征四郎はそんな現象をさして驚く風もなくサラリと受け止める。もちろん、もののけに振り回され、人並みに迷惑したりはするのだが、結局は「まあそれもよかろう」とその現象を楽しんでしまう。その心ばえが読んでいて清々しい。
また、話中で語られる怪奇譚が、いかにもありそうな出来事のように感じられるのが楽しい。化かされた狸にお詫びとして松茸をしもらったり、桜の花が散り際に女性の姿をして暇乞いに来たり、もしかしたら、昔はそんなことが当たり前だったのかなあ。昔の人には今の僕らには見えないものが見え、愉快な毎日を送っていたのかもしれない。この本は人間と自然がまだ未分化だった時代に読み手をタイムスリップさせてくれる。
科学技術の進歩により、世の中の不思議がどんどん解明されていく現代。そんな現代にあって、この小説の世界がなんとも居心地よく感じられるのはなぜだろう。すべてを科学的に解明することが、必ずしも豊かになることではないのかも。なあんてね。
構成的には、短いお話の集まりなので、読みごたえという面では物足りなさも残るが、好きな時に自分のペースでのんびり読むには最適な本だろう。個人的にはタローが初めて出てくる「都わすれ」が一番好きである。

