日テレ24時間テレビのマラソン中継で、走行中のアンガールズに無理矢理近づいて体を触った老女に対し、伴走していたスタッフが罵声を浴びせたとして騒ぎになっているそうだ。
テレビでそのシーンが放送されるや否やネットで批判の書き込みが始まり、8000件を超える意見が書き込まれたとか。しかも、そのシーンがすぐさま「You Tube」にアップされ、20万件ものアクセスを記録…。って、亀田戦のときもそうだったけど、何だかちょっと薄気味悪い世の中ですね。
だって、罵倒されたのは赤の他人でしょ。自分の身内だったら「俺のばあちゃんに何する!!」って、頭に血がのぼらなくもないかもしれないけど、見ず知らずの人間に浴びせられた罵声に対しては、ちょっと過剰に反応し過ぎじゃないかなあ。まあ、そのシーンを見ていないので何とも言えないんだけど。
もちろん、公衆の面前で老女を叱り倒すというのはいかがなものかとは思う。でも、その伴走者はきっと何十キロという距離を、ずっとそういう風に注意を繰り返して走ってきたんだと思う。そんで、とうとう積もり積もったイライラが爆発してしまったのではないだろうか。老女にとっては1回の悪ノリも、伴走者にとっては何百回と繰り返されてきたことだろうから。
ま、あまりそのスタッフの肩を持つつもりもないんだけど、僕が言いたいのは、この問題は基本的にはそのスタッフと老女の間の問題であって、そこに第三者がしゃしゃり出て、さも自分が愚弄されたかのように、非難を浴びせなくてもいいんじゃないかなということ。
だって、例えば道ばたで、サラリーマン風の男が上司とおぼしき男性から理不尽な罵声を浴びせられていたとしても、「何てひどいことを言うんだ!」ってその上司に食ってかからないでしょ。僕が編集者から理不尽なデザイン修正を要求されても、「何てセンスのない馬鹿編集者なんだ!」って抗議の電話をしてくれる人なんていないでしょ。
いやーね、ついでだから言いますが、ほんと多いんですよ、理不尽な直し。僕も偉そうなこといって結構キレやすい性格なので、その度にファックスを丸めたり、本棚を殴ったり(笑)。終いには、「いっそサンドバッグでも買おう!」とネットで商品を検索しまくり、最近時間がなくて行けない空手の稽古にもなるからと、あわや購入寸前までいく始末。
結局、「怒る→殴る」という行為がパブロフの犬のように習慣化してしまってはいけないと思い、サンドバッグはやめましたが(笑)。代わりにグリッパー(握力を鍛えるやつ)を買い、不愉快な思いをするたびに思いっきり握ることにしました。数年後には握力100キロとかいってるかもしれません。
っと、ここで閑話休題。でもなんで現実に見かける他人の問題には無関心なのに、テレビで流れた映像にはこうも過敏に反応してしまうんですかね。まるで自分のメンツがつぶされたかのように感じるのはなぜだろう…。不特定多数の人にメッセージを送るテレビには、思いのほか強い訴求力があるようです。
でもね、所詮テレビなんてコンセントを抜いてしまえばただの四角い箱。(あ、今は四角い板って人も多いのかな、いいな薄型テレビ) あんまり熱くならず、もちっと冷静に見てあげてもいいんじゃないかな。
老女にキレるスタッフも、そのスタッフにキレる人も、(そんな社会現象にキレる僕も?)、頭に血がのぼったときは長州小力でも思い出して、「キレてるんじゃないですか?」と自問自答。人さし指を振りながら「キレてないですよ」と答えられるくらいの心の余裕を持ちたいものである。
2006年08月30日
2006年08月07日
若冲展と日本人のDNA
今日は上野の国立博物館でやっている伊藤若冲と江戸絵画の展覧会へ行ってきた。
休日ということもあってか、館内は芋を洗うような混雑ぶり。親子連れから老年層まで、実に幅広い観客が行列をなしており、とくに人気のある絵の前は黒山の人だかり! なので、はっきり言って満足のいく鑑賞はできなかったのだが、展覧会自体はなかなかおもしろかった。
これまであまり日本美術の展覧会には行ったことがなかったのだが、こうして一度にたくさんの日本画を眺めてみると、今の自分たちが数百年前の祖先から明らかに地続きの場所に立っているんだな、という思いを強くする。昨今の漫画やアニメの流行も、決して一時代的なブームなのではなく、何百年と日本人の中に受け継がれてきたDNAが、たまたま当代ではそういう形をとって表れたにすぎないのだとつくづく思う。少なくとも江戸時代から、「絵」は日本人のすぐ隣にあったのだ。
長いことキリスト教の影響下に置かれていた、厳粛で高尚な西洋絵画と比べ、今回紹介されている日本画のユルいこと! だって、メインモチーフがニワトリとか猿だよ。あと、庭先で宴会しながら盛り上がっている群衆の絵とか。十字架に磔にされているキリストの絵とは大違い(笑)。
絵のタッチもデフォルメが多く、ユーモラスな印象を与えるものが多くて、見ていると自然と頬が緩んだり、晴れやかな気分になってくる。きっと古くから日本人は、「絵」を畏怖の対象ではなく、身近な娯楽として楽しんできたのだろう。
そのDNAはきっと現代の我々にも受け継がれているはずだ。以前NHKの番組で見たのだが、日本に来た欧米人は、店先に並んでいる商品のパッケージにイラストや漫画が多用されていることに、すごく驚くのだそうだ。とくに、医薬品のように信頼性が高くなければならないようなものにさえ、たとえばマスクをした子供のようなイラストが描かれているのが全く理解できないらしい。欧米でそんなことをしたら、この薬は効き目がないとアピールするようなもの。でも日本人にしてみれば、イラストがあった方がわかりやすさを感じるし、親しみがわいたりもする。それを日本人が絵とともに歩んできた歴史のせいにしたら、大げさだろうか。
展示作品についての簡単な感想を述べるなら、まず若冲が一筆で描く「人の輪郭」や「ニワトリの尾」の伸びやかさ、優美さには脱帽である。細密な描写もすごいが、デフォルメのセンスが何ともすばらしい! あとは、後半の屏風の展示がなかなかの見物かな。照明を調節することにより、朝から晩までの光の移ろいで屏風がどう変化するかを見せていて、屏風のある空間そのものを味わうことができる。
数百年前の絵画を見ながら、日本人のDNAを肌で感じる。頭を使わずに楽しむにはなかなかうってつけの展覧会ですよ。
休日ということもあってか、館内は芋を洗うような混雑ぶり。親子連れから老年層まで、実に幅広い観客が行列をなしており、とくに人気のある絵の前は黒山の人だかり! なので、はっきり言って満足のいく鑑賞はできなかったのだが、展覧会自体はなかなかおもしろかった。
これまであまり日本美術の展覧会には行ったことがなかったのだが、こうして一度にたくさんの日本画を眺めてみると、今の自分たちが数百年前の祖先から明らかに地続きの場所に立っているんだな、という思いを強くする。昨今の漫画やアニメの流行も、決して一時代的なブームなのではなく、何百年と日本人の中に受け継がれてきたDNAが、たまたま当代ではそういう形をとって表れたにすぎないのだとつくづく思う。少なくとも江戸時代から、「絵」は日本人のすぐ隣にあったのだ。
長いことキリスト教の影響下に置かれていた、厳粛で高尚な西洋絵画と比べ、今回紹介されている日本画のユルいこと! だって、メインモチーフがニワトリとか猿だよ。あと、庭先で宴会しながら盛り上がっている群衆の絵とか。十字架に磔にされているキリストの絵とは大違い(笑)。
絵のタッチもデフォルメが多く、ユーモラスな印象を与えるものが多くて、見ていると自然と頬が緩んだり、晴れやかな気分になってくる。きっと古くから日本人は、「絵」を畏怖の対象ではなく、身近な娯楽として楽しんできたのだろう。
そのDNAはきっと現代の我々にも受け継がれているはずだ。以前NHKの番組で見たのだが、日本に来た欧米人は、店先に並んでいる商品のパッケージにイラストや漫画が多用されていることに、すごく驚くのだそうだ。とくに、医薬品のように信頼性が高くなければならないようなものにさえ、たとえばマスクをした子供のようなイラストが描かれているのが全く理解できないらしい。欧米でそんなことをしたら、この薬は効き目がないとアピールするようなもの。でも日本人にしてみれば、イラストがあった方がわかりやすさを感じるし、親しみがわいたりもする。それを日本人が絵とともに歩んできた歴史のせいにしたら、大げさだろうか。
展示作品についての簡単な感想を述べるなら、まず若冲が一筆で描く「人の輪郭」や「ニワトリの尾」の伸びやかさ、優美さには脱帽である。細密な描写もすごいが、デフォルメのセンスが何ともすばらしい! あとは、後半の屏風の展示がなかなかの見物かな。照明を調節することにより、朝から晩までの光の移ろいで屏風がどう変化するかを見せていて、屏風のある空間そのものを味わうことができる。
数百年前の絵画を見ながら、日本人のDNAを肌で感じる。頭を使わずに楽しむにはなかなかうってつけの展覧会ですよ。
2006年08月06日
HEROは負けてはいけない?
今日は、「HERO’S」を見てから、格闘技の演出のあり方についてあれこれ考えようと思っていたのだけど、何かそんな気分ではなくなってしまった。
ひどかったな…HERO’S。こんなに後味の悪い格闘技中継は初めてかもしれない。もう格闘技はテレビで放映しない方がいいのかもなあ。
そう思わせたは、言わずもがな桜庭の試合。あれはどう考えても、序盤戦「レフェリーストップ」で桜庭のKO負けだろう。桜庭は一方的に打撃をくらいながらリングを逃げ惑っていたし、ロープ際に追いつめられてからは対戦相手もそれ以上の攻撃を躊躇していたほど。ほとんど失神寸前だったのに、なぜレフェリーは試合を止めなかったのだろう。
その後、桜庭はなんとか反撃に転じるが、明らかに様子がおかしかった。谷川プロデューサーは「桜庭は無意識で戦っていますよ!」などとのんきにコメントしていたが、意識が飛んだ状態で戦うことは、すごいことでもかっこいいことでもなんでもなくて、単に命が危険というだけである。
結局、対応に困った対戦相手が攻撃の手を止めてしまい、一転して桜庭のグダグダ勝利。なんだこりゃ。これを試合と言っていいのだろうか。勝った桜庭だって、あとになって見れば、こんなのまるで納得いかないと思うのだが。
やっぱり桜庭が負けては興行が成り立たないとか、いろんなしがらみがレフェリーの判断を狂わせたのだろうか…。それ以外にも宇野の出血や秋山の判定など、今回の試合はレフェリーの判断に疑問を感じる場面も多かったし。HERO’Sというだけあって、「ヒーローは負けさせちゃいけない」って前提があるような…。
何だろなあ、格闘技中継って昔はもっと面白かったのにな。何で年を経るごとにつまらなくなっていくのだろう。PRIDEはフジが降りちゃったし、K-1はサーカスだし、もうテレビでまともな格闘技は見れないのだろうか…。
ただ今回一つ希望が持てたのは、メルヴィン・マヌーフ。こいつはすごい! 今後かなり大暴れしそう。でも何で放送カットしちゃうんだろ? もっと見たかったのに。
ひどかったな…HERO’S。こんなに後味の悪い格闘技中継は初めてかもしれない。もう格闘技はテレビで放映しない方がいいのかもなあ。
そう思わせたは、言わずもがな桜庭の試合。あれはどう考えても、序盤戦「レフェリーストップ」で桜庭のKO負けだろう。桜庭は一方的に打撃をくらいながらリングを逃げ惑っていたし、ロープ際に追いつめられてからは対戦相手もそれ以上の攻撃を躊躇していたほど。ほとんど失神寸前だったのに、なぜレフェリーは試合を止めなかったのだろう。
その後、桜庭はなんとか反撃に転じるが、明らかに様子がおかしかった。谷川プロデューサーは「桜庭は無意識で戦っていますよ!」などとのんきにコメントしていたが、意識が飛んだ状態で戦うことは、すごいことでもかっこいいことでもなんでもなくて、単に命が危険というだけである。
結局、対応に困った対戦相手が攻撃の手を止めてしまい、一転して桜庭のグダグダ勝利。なんだこりゃ。これを試合と言っていいのだろうか。勝った桜庭だって、あとになって見れば、こんなのまるで納得いかないと思うのだが。
やっぱり桜庭が負けては興行が成り立たないとか、いろんなしがらみがレフェリーの判断を狂わせたのだろうか…。それ以外にも宇野の出血や秋山の判定など、今回の試合はレフェリーの判断に疑問を感じる場面も多かったし。HERO’Sというだけあって、「ヒーローは負けさせちゃいけない」って前提があるような…。
何だろなあ、格闘技中継って昔はもっと面白かったのにな。何で年を経るごとにつまらなくなっていくのだろう。PRIDEはフジが降りちゃったし、K-1はサーカスだし、もうテレビでまともな格闘技は見れないのだろうか…。
ただ今回一つ希望が持てたのは、メルヴィン・マヌーフ。こいつはすごい! 今後かなり大暴れしそう。でも何で放送カットしちゃうんだろ? もっと見たかったのに。
2006年08月05日
テレビを見る側の責任
Yahoo!ニュースによると、亀田戦の判定に対する抗議が、TBSに5万件以上も寄せられたとか。うーん、なんか怖い世の中になりましたね…。
番組をタダで見ていながら、局側にクレームを付けるというのはどういう感じなんでしょう。仮に、お金を出して買った商品に不具合があり、明らかな被害を被ったというならわかるんですけど、単に番組を見て不快に思っただけで、文句をつけるというのも…、うーん、どうなんだろう。
ある特定の相手にクレームをつけるって、結構な負のエネルギーだと思うんですよね。少なくともネットとかでTBSの番号を調べて電話をかけ、担当者に文句を言うわけでしょ。しかも、おおむねその目的は、「誠に申し訳ありません」という言葉を聞くためなわけで、それってかなりの怒りのエネルギーだと思う。番組を見て不愉快だったからといって、いきなりそんなに感情がトップギアに入るものなのかなあ。
だって、そもそもテレビ番組って、基本的にそれを見る見ないは視聴者の自由なわけでしょ。だから何て言うか、ハズレを引いてもある程度の責任は視聴者にあるというか。「あーあ、くだらねえ番組見ちゃったな、失敗失敗。」ってあきらめるならわかるんだけど、「俺のこの不快な気持ちをどうしてくれるんだ」って方向に感情が向かうのは、ちょっと怖い気もする。
もちろん、人権侵害にあたる表現があるとか、極度に低俗であるとか、道徳や社会正義に照らして「不適切」な内容がある場合には、抗議するのもいいと思うんだけど。あーでも、今回の件も、判定の不合理性が道徳上どうなの?って話なのかな。うーむ。
まあかくいう自分もさんざんブログでTV局批判、とくにTBS批判を繰り広げているわけだから、やっていることは同じなのかもしれない。でも、ブログって、何て言うかボールを宙に放っているだけというか、「電話での抗議」みたいに特定の相手に向かって投げてつけているわけではないからなあ。攻撃性が違うというか…。
でも、宙に放ったボールが走行中の車のボンネットを直撃して死亡事故が起こらないと限らないし、ネットでの放言が人を傷つけないって保証はないわけで。個人的には誰かを攻撃するつもりは毛頭なくて、読んだ人が「ふーん、そんな考えもあるんだ」って思ってくれればそれでいいんだけど、確かにブログを書くという行為は、無責任といえばこの上なく無責任かもしれない。ちょっと自己嫌悪。
とはいえ、今回の件に関して言えば、TBSに責任がないとは思えなくて、これまでさんざん亀田人気を煽ってきた代償というか。一度高まった世間の熱量はそう簡単には冷めないわけで、とくにそれが一度負の方向に働きだすともう手が付けられない。猿岩石しかり、野村沙知代しかり。結局そこまで意図的にエネルギーを高めたのは他ならぬTBSだと思う。
で、今日本当に書こうと思ったことは、じゃあ格闘技の演出はどうしたらいいのかってことだったんだけど、あまりに前書きが長くなったので、それについては次回に。
番組をタダで見ていながら、局側にクレームを付けるというのはどういう感じなんでしょう。仮に、お金を出して買った商品に不具合があり、明らかな被害を被ったというならわかるんですけど、単に番組を見て不快に思っただけで、文句をつけるというのも…、うーん、どうなんだろう。
ある特定の相手にクレームをつけるって、結構な負のエネルギーだと思うんですよね。少なくともネットとかでTBSの番号を調べて電話をかけ、担当者に文句を言うわけでしょ。しかも、おおむねその目的は、「誠に申し訳ありません」という言葉を聞くためなわけで、それってかなりの怒りのエネルギーだと思う。番組を見て不愉快だったからといって、いきなりそんなに感情がトップギアに入るものなのかなあ。
だって、そもそもテレビ番組って、基本的にそれを見る見ないは視聴者の自由なわけでしょ。だから何て言うか、ハズレを引いてもある程度の責任は視聴者にあるというか。「あーあ、くだらねえ番組見ちゃったな、失敗失敗。」ってあきらめるならわかるんだけど、「俺のこの不快な気持ちをどうしてくれるんだ」って方向に感情が向かうのは、ちょっと怖い気もする。
もちろん、人権侵害にあたる表現があるとか、極度に低俗であるとか、道徳や社会正義に照らして「不適切」な内容がある場合には、抗議するのもいいと思うんだけど。あーでも、今回の件も、判定の不合理性が道徳上どうなの?って話なのかな。うーむ。
まあかくいう自分もさんざんブログでTV局批判、とくにTBS批判を繰り広げているわけだから、やっていることは同じなのかもしれない。でも、ブログって、何て言うかボールを宙に放っているだけというか、「電話での抗議」みたいに特定の相手に向かって投げてつけているわけではないからなあ。攻撃性が違うというか…。
でも、宙に放ったボールが走行中の車のボンネットを直撃して死亡事故が起こらないと限らないし、ネットでの放言が人を傷つけないって保証はないわけで。個人的には誰かを攻撃するつもりは毛頭なくて、読んだ人が「ふーん、そんな考えもあるんだ」って思ってくれればそれでいいんだけど、確かにブログを書くという行為は、無責任といえばこの上なく無責任かもしれない。ちょっと自己嫌悪。
とはいえ、今回の件に関して言えば、TBSに責任がないとは思えなくて、これまでさんざん亀田人気を煽ってきた代償というか。一度高まった世間の熱量はそう簡単には冷めないわけで、とくにそれが一度負の方向に働きだすともう手が付けられない。猿岩石しかり、野村沙知代しかり。結局そこまで意図的にエネルギーを高めたのは他ならぬTBSだと思う。
で、今日本当に書こうと思ったことは、じゃあ格闘技の演出はどうしたらいいのかってことだったんだけど、あまりに前書きが長くなったので、それについては次回に。
2006年08月04日
ガッツとピン子
別に意味のあるテーマでもなんでもないのだが、今日たまたまテレビを見ていて引っかかった二人ということで。
まずガッツ。(あ、なんかいい言葉)
「亀田戦の疑惑の判定やいかに」というようなテーマで、テレ朝の昼のワイドショーに出ていたガッツなのだが、普段「OK牧場」などと馬鹿な発言を連発している姿はどこへやら。テーマがボクシングとなると、そこらの評論家も顔負けの、実に理路整然としたトーク。ボクシングの判定方法や亀田の実力を、感情的になるわけでもなく、多角的かつ客観的にテキパキと述べていた。しまいには、司会者を差し置いて自らゲストにコメントをふるなど、気がつけばアンカーマンになっていて、大和田獏もたじたじだった。いやー、薄々気づいてはいたけれど、この人はめちゃくちゃ頭のキレる人ですな。
でも、そのキレ具合を見ていてちょっと不安になったのだ。ガッツ的にこれでいいのかと。世間的にガッツのチャームポイントは天然ボケの部分なので、その本業に支障をきたしはしまいか…。実はあのキャラは作っているのではと、天然ボケに作為性が見えてしまっては、商売上がったりではないか。何だか、ちょっと見てはいけないものを見てしまったような気分。まるで、山口もえが早口言葉をすらすらと言っているのを目撃したような気分というか。
お次はピン子。
ネットのニュースで見つけた表現が実に的を射ていたんで、何かうれしくなってしまっただけなんだけど…。それは「渡る世間」で共演していた村田雄浩が結婚したというニュースの見出し、「ピン子節さく裂!村田雄浩の結婚祝福」のビン子節という言葉。いい言葉だなあ、ピン子節。
その後見た夜の番組でもまさにピン子節が炸裂していた。橋田壽賀子とタッグを組んで、仲の悪い熟年夫婦にあれこれ説教していたのだが、かつて旦那に浮気され会見で大泣きしてみせた人間とは思えないほど、思いっきり上から目線の説教。これぞまさにピン子節。
何だか最近自分の立場もわきまえず、やたらと説教をするオバサンが多発してるような気がしません? まあその筆頭は、もちろん細木数子。もう僕はこの人が本当に大っ嫌いで、もし家の物置からおじいちゃんの残した四星球(スーシンチュウ)が見つかったら、苦難覚悟でドラゴンボールを集める旅に出て、神龍に「どうか細木をぎゃふんと言わせて下さい」とお願いするのに。
それはさておき、話はピン子。かつては自分勝手なオバサンを称して「オバタリアン」なんて言葉もあったけど、これはすでに死語。21世紀、それに替わる言葉として「ピン子節」って言葉はいかがだろう。我が身を省みず説教ばかりするオバサンを「また出たよ、いつものピン子節」って言うとかさ。「総称としてのピン子」と言うか。そんでいっそ、ピン子が着るような派手なピンクを、これからは「ショッキングピンコ」と呼ぶとか。数百年後、「この色はかつてピン子という女性が好んで身に付けていた服の色に由来する」何てのも面白くはなかろうか。
いや、まあ何ていうか、結局ガッツとかピン子とか言ってみたかっただけなのです。酔っぱらっているんです。すいません。
まずガッツ。(あ、なんかいい言葉)
「亀田戦の疑惑の判定やいかに」というようなテーマで、テレ朝の昼のワイドショーに出ていたガッツなのだが、普段「OK牧場」などと馬鹿な発言を連発している姿はどこへやら。テーマがボクシングとなると、そこらの評論家も顔負けの、実に理路整然としたトーク。ボクシングの判定方法や亀田の実力を、感情的になるわけでもなく、多角的かつ客観的にテキパキと述べていた。しまいには、司会者を差し置いて自らゲストにコメントをふるなど、気がつけばアンカーマンになっていて、大和田獏もたじたじだった。いやー、薄々気づいてはいたけれど、この人はめちゃくちゃ頭のキレる人ですな。
でも、そのキレ具合を見ていてちょっと不安になったのだ。ガッツ的にこれでいいのかと。世間的にガッツのチャームポイントは天然ボケの部分なので、その本業に支障をきたしはしまいか…。実はあのキャラは作っているのではと、天然ボケに作為性が見えてしまっては、商売上がったりではないか。何だか、ちょっと見てはいけないものを見てしまったような気分。まるで、山口もえが早口言葉をすらすらと言っているのを目撃したような気分というか。
お次はピン子。
ネットのニュースで見つけた表現が実に的を射ていたんで、何かうれしくなってしまっただけなんだけど…。それは「渡る世間」で共演していた村田雄浩が結婚したというニュースの見出し、「ピン子節さく裂!村田雄浩の結婚祝福」のビン子節という言葉。いい言葉だなあ、ピン子節。
その後見た夜の番組でもまさにピン子節が炸裂していた。橋田壽賀子とタッグを組んで、仲の悪い熟年夫婦にあれこれ説教していたのだが、かつて旦那に浮気され会見で大泣きしてみせた人間とは思えないほど、思いっきり上から目線の説教。これぞまさにピン子節。
何だか最近自分の立場もわきまえず、やたらと説教をするオバサンが多発してるような気がしません? まあその筆頭は、もちろん細木数子。もう僕はこの人が本当に大っ嫌いで、もし家の物置からおじいちゃんの残した四星球(スーシンチュウ)が見つかったら、苦難覚悟でドラゴンボールを集める旅に出て、神龍に「どうか細木をぎゃふんと言わせて下さい」とお願いするのに。
それはさておき、話はピン子。かつては自分勝手なオバサンを称して「オバタリアン」なんて言葉もあったけど、これはすでに死語。21世紀、それに替わる言葉として「ピン子節」って言葉はいかがだろう。我が身を省みず説教ばかりするオバサンを「また出たよ、いつものピン子節」って言うとかさ。「総称としてのピン子」と言うか。そんでいっそ、ピン子が着るような派手なピンクを、これからは「ショッキングピンコ」と呼ぶとか。数百年後、「この色はかつてピン子という女性が好んで身に付けていた服の色に由来する」何てのも面白くはなかろうか。
いや、まあ何ていうか、結局ガッツとかピン子とか言ってみたかっただけなのです。酔っぱらっているんです。すいません。
2006年08月03日
「風に舞いあがるビニールシート」森絵都 ★★★★☆
第135回直木賞受賞作。森絵都は、この前読んだ「いつかパラソルの下で」がすごくよかったので、今回の直木賞受賞も素直にうれしいです。
で、本作は、働く女性の問題から、果ては国連の難民問題まで、多種多様な6つのテーマを扱った短編集。内容の多様さにも驚かされるんだけど、作風もこれまでの森絵都とはちょっと違う感じで、社会派のテーマを扱った表題作などは、同じ人が書いたのかなあって思うくらい堅いお話。
まあ、個人的には「いつかパラソルの下で」のような、適度にユーモアを交えながら展開する話が好きなので、今後あまり堅苦しい作風になるのは嫌なんだけど、文章を組み立てる力、とくに会話のセンスは相変わらず抜群なので、どの作品も十分楽しめます。なかなかよい短編集。おススメです。
ちなみに僕が一番気に入ったのは「鐘の音」というお話。仏像の美しさに魅了された修復師が、自分とその仏像だけの世界に閉じこもっていく姿が妖しげに描かれていて、読み応え十分なお話です。とくに、その仏像への一途な愛情が、実に残酷な形で終焉を迎えるのが面白い。自分にしか救えないはずだった存在を、自ら壊し、そして決定的に汚してしまう。その喪失感が何とも言えない。おまけの大オチも、さらにひとひねりといった感じで楽しませてくれます。
他には、失いかけていた青春をふっと思い起こさせてくれる「ジェネレーションX」、堅物の酔客が見せる粋なはからいが小気味いい「犬の散歩」、道を究めんとする者同士の心の交流がすがすがしい「守護神」。この辺りは、従来の森絵都らしいユーモアのある作品。
全体として、何かに一生懸命になっている人に、耳元でそっとエールを送るような、ほんのり暖かい話が満載。ちょっと落ち込んだりしたときに読んでみるのもいいのではないでしょうか。
2006年08月02日
亀田三兄弟の笑いのセンス
Yahoo!ニュースによると「亀田、紙おむつ渡され激高」だそうで。
なーんだ、自分がやられたら普通に怒るんだね。だったらやらなきゃいいのに(笑)。
とまあ、とにもかくにも、いよいよ明日はTBSが社運を賭ける亀田興毅の世界タイトルマッチ。こんなのに社運を賭けるTBSもTBSですが、低視聴率にあえぐ中で見つけた数少ない「数字の稼げるコンテンツ」だから仕方ないのでしょうかね。老舗のテレビ局がたった一人の若年ボクサーに一喜一憂するのだから、何とも情けない話です。
ただ、仮に明日の試合に亀田が勝てば、大晦日は亀田祭りをどーんと打ち上げるなんて構想もあるとかないとか。奇しくも、今日「日本レコード大賞の大晦日の放映をとりやめる」なんてニュースもあったから、「亀田様、大晦日の特等席を用意してお待ちしておりますから、明日の試合は何としても勝って下さいませ」ってことなのでしょうか。大晦日亀田祭りですか、TBSも地に堕ちたもんです。
でもまあ亀田一家に人気があることは確かなんですよね…(ホント理解できないけど…)。僕はこれまで一度も試合を見たことないし、無論明日の試合も見るつもりはないのですが(笑)。とはいえ、こうしてブログのネタにしているということは、何だかんだ言ってそのブームに便乗していることに違いはないわけですけど…。
ちなみに、僕は亀田一家そのものが嫌いというより、あの一連のパフォーマンスが嫌いなんですね。より正確に言えば、あの品もない笑いのセンスもないパフォーマンスを、ユニークだ、型破りだと言ってもてはやすマスコミや世間が嫌いというか。
冒頭に述べた事件においてもしかり。ちょっとだけそのいきさつを説明すると、昨日亀田は、「ベイビー」というニックネームを持つ対戦相手に「キューピー人形」を渡して挑発したのだそう。対戦相手は笑ってそれを受け取り、かわりに今日、お返しとばかりに「紙おむつ」と「おしゃぶり」をプレゼントしたというのである。それに対し亀田は、おむつをたたき落として激高したというのだが…、
おいおい、挑発をしたはずの相手の挑発に、まんまと乗ってどうするよ(笑)。
そこは堂々と笑って受け流すか、「そうそうこれ、おむつな、この方がボクサーパンツより汗吸うしな………っておい」と、ノリツッコミで返すところだろ! お笑いなめとんのか! おしゃぶりだって、「そうそう、これマウスピースね。俺赤ん坊の頃はずっとこれで練習してたんよね」とか、いくらでも言いようがあるじゃん。ピンチはチャンスというではないか。器の大きさをアピールする絶好の機会だったのに。まずは「ごっつ」の「Mr.BATER」でも見て、ノリツッコミの勉強しなさい。
それに、そもそも「キューピー人形をあげる」という行為でネタがオチるのかも微妙である。「お前なんか赤子同然だ」ということなのだろうが、それなら対戦者のようにおむつやおしゃぶりを渡す方が、よっぽどウィットに富んでいるではないか。「キューピー人形」という隙のある甘いパンチに、「おむつ」という鋭いカウンターを合わされ、それをもろに食らって激怒してしまった亀田。パフォーマンスでは対戦者のKO勝利である。
そういえば確かそれ以前にも、ボウチャンとかいう対戦相手に夏目漱石の「坊っちゃん」を渡す、なんて寒いパフォーマンスもありましたね。何でもこれ、明石家さんまのアイデアらしいですが、きっとさんまもトークの中でちょろっと言っただけじゃないのかなあ。それを「天下のさんまが言ったんだから」と何も考えず実行してしまったのではないか。「ボウチャンに坊っちゃん」、これすべってないの? 他にも弟が試合後にハウンドドッグを歌うとかやりたい放題だけど、これ面白いの?
結局、ドル箱スター扱いをされ、誰も彼らに「それすべってるよ」って言えなくなっちゃってるのが問題なのだ。つまらないネタをやってもワーキャーもてはやすから、一向に笑いのセンスが磨かれない。そんなんじゃいつまでたっても一人前の芸人にはなれないではないか。
とはいえ、亀田三兄弟の本業はボクサーなので、とりあえずは明日の試合では、パフォーマンスで負けた分を己の拳で取り返してほしいものだ。ただ、相手は笑いのセンスでは一枚上手なので、下手な挑発にはくれぐれもご注意を。
(それと、TBSは亀田にばっかり頼らず、もっと自作のコンテンツを充実させなきゃね。今TBSで観たい番組ひとつもないし。)
なーんだ、自分がやられたら普通に怒るんだね。だったらやらなきゃいいのに(笑)。
とまあ、とにもかくにも、いよいよ明日はTBSが社運を賭ける亀田興毅の世界タイトルマッチ。こんなのに社運を賭けるTBSもTBSですが、低視聴率にあえぐ中で見つけた数少ない「数字の稼げるコンテンツ」だから仕方ないのでしょうかね。老舗のテレビ局がたった一人の若年ボクサーに一喜一憂するのだから、何とも情けない話です。
ただ、仮に明日の試合に亀田が勝てば、大晦日は亀田祭りをどーんと打ち上げるなんて構想もあるとかないとか。奇しくも、今日「日本レコード大賞の大晦日の放映をとりやめる」なんてニュースもあったから、「亀田様、大晦日の特等席を用意してお待ちしておりますから、明日の試合は何としても勝って下さいませ」ってことなのでしょうか。大晦日亀田祭りですか、TBSも地に堕ちたもんです。
でもまあ亀田一家に人気があることは確かなんですよね…(ホント理解できないけど…)。僕はこれまで一度も試合を見たことないし、無論明日の試合も見るつもりはないのですが(笑)。とはいえ、こうしてブログのネタにしているということは、何だかんだ言ってそのブームに便乗していることに違いはないわけですけど…。
ちなみに、僕は亀田一家そのものが嫌いというより、あの一連のパフォーマンスが嫌いなんですね。より正確に言えば、あの品もない笑いのセンスもないパフォーマンスを、ユニークだ、型破りだと言ってもてはやすマスコミや世間が嫌いというか。
冒頭に述べた事件においてもしかり。ちょっとだけそのいきさつを説明すると、昨日亀田は、「ベイビー」というニックネームを持つ対戦相手に「キューピー人形」を渡して挑発したのだそう。対戦相手は笑ってそれを受け取り、かわりに今日、お返しとばかりに「紙おむつ」と「おしゃぶり」をプレゼントしたというのである。それに対し亀田は、おむつをたたき落として激高したというのだが…、
おいおい、挑発をしたはずの相手の挑発に、まんまと乗ってどうするよ(笑)。
そこは堂々と笑って受け流すか、「そうそうこれ、おむつな、この方がボクサーパンツより汗吸うしな………っておい」と、ノリツッコミで返すところだろ! お笑いなめとんのか! おしゃぶりだって、「そうそう、これマウスピースね。俺赤ん坊の頃はずっとこれで練習してたんよね」とか、いくらでも言いようがあるじゃん。ピンチはチャンスというではないか。器の大きさをアピールする絶好の機会だったのに。まずは「ごっつ」の「Mr.BATER」でも見て、ノリツッコミの勉強しなさい。
それに、そもそも「キューピー人形をあげる」という行為でネタがオチるのかも微妙である。「お前なんか赤子同然だ」ということなのだろうが、それなら対戦者のようにおむつやおしゃぶりを渡す方が、よっぽどウィットに富んでいるではないか。「キューピー人形」という隙のある甘いパンチに、「おむつ」という鋭いカウンターを合わされ、それをもろに食らって激怒してしまった亀田。パフォーマンスでは対戦者のKO勝利である。
そういえば確かそれ以前にも、ボウチャンとかいう対戦相手に夏目漱石の「坊っちゃん」を渡す、なんて寒いパフォーマンスもありましたね。何でもこれ、明石家さんまのアイデアらしいですが、きっとさんまもトークの中でちょろっと言っただけじゃないのかなあ。それを「天下のさんまが言ったんだから」と何も考えず実行してしまったのではないか。「ボウチャンに坊っちゃん」、これすべってないの? 他にも弟が試合後にハウンドドッグを歌うとかやりたい放題だけど、これ面白いの?
結局、ドル箱スター扱いをされ、誰も彼らに「それすべってるよ」って言えなくなっちゃってるのが問題なのだ。つまらないネタをやってもワーキャーもてはやすから、一向に笑いのセンスが磨かれない。そんなんじゃいつまでたっても一人前の芸人にはなれないではないか。
とはいえ、亀田三兄弟の本業はボクサーなので、とりあえずは明日の試合では、パフォーマンスで負けた分を己の拳で取り返してほしいものだ。ただ、相手は笑いのセンスでは一枚上手なので、下手な挑発にはくれぐれもご注意を。
(それと、TBSは亀田にばっかり頼らず、もっと自作のコンテンツを充実させなきゃね。今TBSで観たい番組ひとつもないし。)

